書き散らしと出任せと

TRPGしたりヘッズだったりスチームパンククラスタだったりMUGENネタだったり全てにおいてにわかのブログ

グランクレスト大戦外伝「銀なる蛇」

基本情報は

【グランクレスト大戦】”昼行灯の軍師”ガブリエリ・レヴィアタンのロールまとめ【幕間】 - Togetterまとめ
「”銃猫(ストレイ・キャット)”ノーラ」グランクレスト大戦ログ - Togetterまとめ

ここをご参照のこと。
調査点を貯めて「覚醒の証」を手に入れたのでせっかくだからと書いたら1万字超えた。



 混沌を崇め、三陣営がぶつかる大戦を長引かせようとするアークエネミー、その名を『パンドラ』。
力なきものに力を与え、欲する者にもそれを与える。

 ノーラ・フォン・ヘルダーは、戦闘狂として悪名が各所に轟いているが、実はそれにも増して冒険好きだ。
冒険好き、つまり好奇心旺盛でどこにでも首を突っ込みたがる。
別陣営での知り合いも増えた彼女は、気になるものを見つければそれを確認せずにはいられない。
まるで、猫じゃらしに飛びつく猫のようだ。

 それに、連れ回される。引きずり回される男が一人。
名をガブリエリ、姓はとっくの昔に剥奪された。
もう彼自身ですら口に出すことができない。
名乗ろうとしても、雑音の如き音になり相手にも自分にも聞き取れなくなってしまう。それでは不便とノーラは彼に呼び名をつけた。
勝手に付けられたものだが何時の間にか定着した。

「ミスタ・レヴィアタン
「その妙な枕詞つけるのやめろって言ってるだろ」

 杖に手を置き、遠くを眺めていた女性。ノーラが同行者であるガブリエリに話しかける。
呼ばれた方は、汚らしく白髪と黒髪が混じりあった長い髪を風に靡かせながら地図を睨みつけていた。

 地図、といっても一枚ではない。気候や地脈が書き込まれ、ものの見事にごちゃついている。
彼特有のしっかりとした、それでいて綺麗すぎる字がみっしりと詰まっているそれは、少し不気味にすら見えるほどだ。

「どうも、おかしいと思いますの」

 ノーラは、彼の手元を覗き込む。

「何か…そう、何かこう。」

 ふらふらと手を空に彷徨わせてノーラは言葉を探す。

「導かれている、ようなきがいたします」
 
 その言葉を聞いて、ガブリエリは表情を険しくする。

「誘導されている、というのが正しいがな」

 気に入らない、と言いたげに彼は鼻を鳴らす。
未来視を駆使しても、結果は変わらなかった。

「このままいくしかないようですわねえ」
「……癪ではあるがな、それしかない」

 目指している拠点は、ごく小さい。
要所というわけでもないが、情報の中継地点となる場所だ。
そこの様子を見て来いというのが指令だ。

 砦の内部は静かだった、静か過ぎた。
二人が中に足を踏み入れたときにはもう、誰もいなかった。
生きている人間は誰も。
皆一様に、血と肉の塊になっていた。

「……ミスタ・レヴィアタン
「悪い。『わからなかった』」

 銃と杖を構えて背中合わせに中を覗き込む。
その声は、明らかに動揺していた。

「俺の”未来視”じゃあ、全員生きてた。ここにいた」

 だが、実際は。

「なんで生きてる奴が一人もいないんだ」
 
 ガブリエリの未来視にはノーラ自身、幾度も助けられている。
彼女の瞳に未来を投影することで作戦を伝え、最悪の事態を回避してきた。
ガブリエリにとっても、これは初めての事だった。

「そう気負わなくても大丈夫ですわよ、未来のことが見えないなんて何時もの事です。今まで見えていたのがおかしいくらい」

 ノーラは珍しく狼狽えるガブリエリにあっけらかんと笑いかける。

「暢気だな、お前は」
「貴男が気負い過ぎなんですわよ、ミスタ・レヴィアタン?」

 そう、砦のどの部屋の扉をあけても、また何処を覗いてもあるのは死体ばかりだ。
息をする人間は誰もいない。
皆、一様に驚いたかのように目を見開き腹を引き裂かれ惨たらしく殺されている。

「嫌な殺し方ですわね、スマートではありません」

 ノーラは顔をしかめる。
殺し方に、綺麗も汚いもあったものではないのだが、どの死体も必要以上の破壊が施されているように見えた。

「そう、思うか」

 ガブリエリはこういうことにあまり詳しくない。その領分はもっぱらノーラの範囲だ。
彼女は、市街戦や狭い場所での戦闘を特に得意としている。
拷問だとか犯罪といった、およそ正々堂々とした”戦争”には似つかわしくない技能に詳しく、秀でている。

「ええ、だって」

 苦悶の表情を浮かべて絶命した兵士に歩み寄り、ドレスが血に汚れるのも気にせず膝をつく。
「この傷。なんだか、錆び付いた刃物で切ったように見えます」

 そして周りを見回す。
鋭く、何一つ見落とすまいとするように周囲を睥睨する。

「この方も剣を帯びていらっしゃいますし、刃物なんて幾らでもありますのに」

 通常の刃物は錬金術師の作ったものでもなければ、人の油と肉を斬り続けていれば切れ味が鈍るものだ。
切れ味が鈍った刃物を、使い続けるのはいかにも非効率的だ。
それそのものに、愛着があろうがなかろうが新しく拾った物を使った方が良いに決まっている。

「ああ。おかしいな、非効率的だ」 
「……錆び付いた魔剣かなにか持っているのか?」
「わざと切れ味の鈍った刃物で相手を貫いて、苦悶する様を見て楽しむ。とか」

 小さい砦とはいえ個人なのか、集団なのか皆殺しをやってのけている手練が、そういう趣味を持っていないとも限らない。

「お前の言う通りだとすると随分と良い趣味してるな、そいつ」

 ノーラの推測を聞き、ガブリエリはため息をつく。
そういう想像がすぐに出てくるあたり、彼女がここまで来るまでの経験が忍ばれる。

「此方ですと、ミスタ・レヴィアタンの推理の方が筋が通っていると思います」
「あるいは」

 ガブリエリが、閉じられた扉に目を向ける。

「その両方か、だな」

 杖を扉の方に向ける。

「出てこい、見てるんならな」

 鋭い声で、刺す様に彼は声をかけた。
軋みながら扉が開き、黒のローブを纏った男が部屋に入ってくる。

「よく、おわかりになりましたわね」
「お前の言う通りならついてきてもおかしくねえと思ってな」

 そして、そういう人間は総じて自分の楽しみのために危険を冒したがる。

 黒のローブは傍目から見てそれとわかるほど、一層黒く汚れている。
血液が赤いのは一瞬。空気に触れれば、どす黒く変色する。
手に持った黒の短剣からは血が滴る。
まるで、それ自体が血を流しているようだ。

「貴方が、兵士を殺した主犯格ですわね」

 ノーラは真っ直ぐ銃口を向ける
問答無用で撃ち殺す事はしない。
その、男性であるか女性であるかも分からない人物に聞くべきことは山ほどある。

「あー…そうです……、ワタシが、そう……独りで…しました」

 掠れたような声は、まるで磨り減ったレコードから流れる音のように不快で、耳障りだ。

肩を震わせているのは笑っているからなのか、それとも恐怖で震えているからなのか。

「ふ、くくく。……そう、銃猫。堕ちた蛇、貴方たちもそう、なるんです。くくく、かわいそう…ですけど」

 ノーラはガブリエリに目配せする。
 
 それに、彼は頷いた。
僅かな頭の傾きがもどるか戻らないかのうちに、引き金は絞られた。
 狙い違わず、目の前の人物の頭を粉砕するはずだった。
がちん、と虚しく撃鉄が下りる音が静かな部屋に響きわたる。

 ノーラは大きく目を見開く。
銃弾は発射されなかった。
その代わりに、猫の腹に深々と短剣が生えた。

「大当たりぃ!」

 空間転移の術式で、ノーラに肉薄したそれは笑いながら彼女の腹に黒の短剣を嬉しそうに押し付け、肉を抉る。

「い…ったいじゃないですか!」

 再度、銃口を向け自らに突き立ててた人物に向けて引き金を引くが、やはり銃弾は発射されない。
二連続の不発、本来有り得ないことだ。
メンテナンスは怠っていない、弾丸は錬金術師が作ったものでそう作ってから時は立っていない。

「雷よ!」

 ガブリエリが吠え、詠唱を短縮し雷撃を放とうとする。
だが、それは目の前に現れなかった。魔法は発動しなかった。

「んなっ!?」

 魔法が発動しなかったことにガブリエリが驚愕の声を漏らす。
発動に失敗するなどと、学院の初等科でもなかったことだ。

「くくくくく……、無駄。無駄なんですよ……全部意味がない!」

 笑う人物のローブ、そのフードが外れ。顔が顕になる。
醜く、左右非対称に有り得ない皺の刻まれた奇妙な加齢の仕方。
顔の左半分は、まるで青年どころか少年のようだが、
右半分はもはや何十回の冬を越したかわからないほど老人じみている。

 その男は、短剣を引き抜きながら戦闘転移で距離を取る。
酷く錆ついたそれによってノーラの傷口を醜く引き裂かれた。
ふらつく彼女の前に、ガブリエリが立つ。

「猫。大丈夫か」
「大丈夫、ですわよ。痛いですけれど」

 目の前の軍師の影から再度、射撃を試みるが全弾不発。
虚しく鉄と鉄が撃ち合わさる音だけが、断続的に響く。

「どうなっていますの……」

 銃に不具合は起こっていない、すこぶる良好だ。
再装填を行いつつ、ノーラは疑問を口にする。

「当然、至極。当たり前……ですよ」

 大仰に手を広げ笑う男に、ガブリエリは杖を向けたまま舌打ちする。

「常時発動でなんかやってやがるな、手前」

 黒の魔法師は、痙攣する様に笑う。
その瞳に白目はない、全てが悍しい程の黒。
瞳がないのではない、眼球それそのものが、黒く濡れたようにぬめり、光る。

「く、かか。やはり……銀なる蛇。といったところでしょうか?」
「懐かしい渾名だな、どっかで会ったことはあったか。歳のせいで忘れっぽくてな」

 もっとも、その容貌では見知っていても変わり果てていて気がつくどころではないだろうが。

「さあ……学院で、何度かすれ違いましたかねぇ」

くつくつと笑う男の手前、ガブリエリは何度も雷霆を撃とうするが、イメージを固め、操作しても放たれることはない。

「もう、一度。言いますが……意味はないですよ……。私の瞳に捕らえられた時点で」
「未来視の応用か何かか」

 戦闘転移を行ったということは、目の前の男が少なくともプロフェットであるらしいということはわかる。
邪眼、などと。その範疇を遥かに超えているが、未来視の延長線上と考えられなくもない。

「そのとおり!これぞワタシの研究の集大成。運命視!」
「私が視た未来どおりに行動すれば!それが現実に投影される。貴方がたの未来も、上書きされる」

 演説を行うかのように魔法師は叫んだ。
余程その理論を誰かに理解して欲しかったのだろう。

レヴィアタン、退いてください!」

 銃声、魔法師の頭には当たらなかったが掠りはした。
猫は、負傷しながらも慢心の隙を逃さなかった。

「……これはこれは」

 ノーラの手にあるのはあの奇妙な銃、歪んだ刃と護拳のついた。
”M”の刻印がある、この世界で再び巡り合い今は彼女の手にあるそれ。

「投影体はイレギュラーということ、ですか」

 魔術師は笑うのを止め、その黒々とした瞳を不思議そうに瞬かせた。

「6発全部つぎ込んで掠っただけ、なんて。自信がなくなってしまいそうですけれど」

 再装填をしながら、ノーラは笑う。
腹からは、絶えず血が流れる。あの短剣も何か特別なそれらしい。
徐々に、だが傷は広がっていっているように見えた。
時間がないのは明白だ。

 ガブリエリが未来視をノーラの瞳に投影する。
自分の瞳では無駄なことは分かっている。
彼女に自分の瞳になってもらう。
瞬間、それを察したのか。
魔法師はガブリエリに戦闘転移で肉薄し、短剣で切りつける。
割り込んだノーラが自分を盾にそれを防ぐ。

「この莫迦!」

 かろうじて、護拳を使い刃を逸らしたが利き腕を、ノーラは裂かれる。
鮮血が迸り、負傷した腕がだらりと垂れ下がった。

「時空よ/螺曲がり/思うまま/転移させよ!」

 ガブリエリはノーラを羽交い絞めのように掴むと無理やり、部屋の奥に空間転移した。
残されるは、呆然とした黒の魔法師のみ。
 
「……さて、あの厄介な投影体を。どうにかしなくてはいけませんね」

__________________________________________________________________________________________________________

 砦内部の見取り図は、あらかじめ支給されていた。
そして、万が一の時の備えも当然されている。

 二人が現在いるのは、砦の地下道だ。
万が一の場合に備えて、砦が落とされる前に撤退するために作られた通路。
それはまだ、かの黒魔法師には知られていないらしかった。

「駄目だ……、塞がらん」

 先程から何回か、ガブリエリはノーラの傷に治癒の術式を試みているが一向に塞がれる気配はない。
それどころか、解けるように傷が広がっているのではないかとも思える。
医術の心得はあるが、これは医術の範疇ではない。

「呪だな。これは、おそらく術者を何とかするか、あの短剣を折るか……、今の装備で解呪は無理だ」
「……そうですか、まあ。仕方がありませんわねえ」
「仕方がない、ってお前はそれで済ませる気か?」
「あの方を何とかすればいい、という事がわかってるならば簡単です、物事はシンプルなのが一番」

 ノーラはあっけらかんと微笑み、衣服を直し立ち上がる。
蝕む痛みも、何もないかのように。

「それができれば苦労はないって話だ。なんだよ、相手の未来も固定化するって」
 
 それに、とガブリエリはノーラを見る。

「お前の体が、持つかどうか。あの小僧とも約束したんだろう、また死合うって。ロードからもお声がかかってる」

 ノーラ・フォン・ヘルダーは刹那的な人物だ。
危険を冒し、その結果ならば喜んで死んでいく。以前はまるで死にたがっているようであった。
現在はそれが鳴りを潜めているとはいえ、何時でも彼女の頭の中では自分を優先的にリソースとして削っていく。

「正直、俺なんかよりも必要とされてるだろうが。時間稼ぐから逃げろとか言っても聞かないのはわかってるが」
「わかってるなら、言わなくてもいいじゃありませんか。私も、貴男に逃げろと言っても聞いてくれないのはわかっていますし」

 ガブリエリは、その言葉には答えず自分とノーラに不可視のヴェールを施す。
一蓮托生、という言葉が、彼の頭によぎる。
それは、正確には正しくない。ノーラは彼を殺させる気はない。ガブリエリも彼女を殺させる気はない。
負けてやる道理など、微塵もない。

 前方から水音がした。
ノーラは、目にも止まらぬ速さで銃を構え水音に向かって射撃する。
しかし、それは何もない水面に着弾した。

「くっくっく、ダメ……ですよぅ。猫さん?」

 代わりに飛来した短剣が、彼女の肩に突き刺さった。
不可視化が溶け、ノーラが崩れ落ちるように膝をつく。

「ノーラ、大丈夫か!」

 即座に詠唱するが、やはり魔法は発動しない。
不発、失敗。

「……っ、ええ。何とか」

 傷の開いていく速さが、明らかに早くなっている。
それになにより、突き刺さった短剣をノーラが引き抜こうとしても、抜けない。

「哀れ! 哀れですね……、銀なる蛇。魔法の使えない魔法師は。惨め。ですね」
 
 魔法師は、嘲笑う。
相手に干渉する魔法は、無効であることはわかりきっている。
未来視を、もう一度試みる。

 見えたのは、血濡れで臓物を晒した、彼の猫の姿だ。
最悪、という言葉では表しきれない。どうすればいいかもわからない、ただ最悪の結果だけが確かに視えた。

 目の前の魔法師が、ゆらりと体を揺らし、ガブリエルに肉迫する。
彼は、元来ただの研究者だ。切った張ったなどということができるほどの体力も反射神経もない。
加えて、提示された”未来”に動揺していた。

 背の低い魔法師のどこまでも黒い瞳が、銀色に戻ったガブリエリの瞳を覗き込む。
ぞっとするような闇が、彼を見返しているようで、背筋が凍った。
ガブリエリの細い手を、それよりも遥かに細く枯れ木のような腕が、凄まじい力で掴んだ。

「……かわいそう、ですね」

 杖を利き手ごと、至近距離で魔力そのものを破裂させるような魔法撃でへし折った。
何かがへし折れるような、裂けるような、音ともにガブリエリが腕を抱えて膝をつく。

 感じたことのない種類の痛みで声が出ない。
指が奇妙な方向にへし折れ、学院にいる頃から連れ添った杖が真っ二つにへし折れた。
もはや、使い物にならないだろう。

「さあて……何もできないなら。そこで見ていてもらいましょうか…」

 ガブリエリの前を通りすぎ、男は、ノーラに歩み寄る。
短剣の刺さったまま、護拳で魔法師を殴りつけようとするも、それも見切られているのか、空振りした。
即座に、至近距離で落とされた雷を受けて、猫は倒れる。

 猫の肩から、短剣が引き抜かれる。
そして、大きくそれが、彼女にトドメを刺した。
はずだった。

 黒の短剣は、ノーラの前の空間から前に進まなかった。

「ん……あれ」

 間抜けな声を魔法師は出した。

「どうか、したか?」

 魔法師の背後から声がかかる。

「お前の視た”未来”と違ったか?」

 何かが、立ち上がる気配がする。

「いや、違うな。お前は、”現在”が見えてないんだよなあ。それ、その瞳と引き換えに」

 何度も何度も、ノーラに刃を突き立てようとするが、空間に阻まれる。
魔法師の観測していた未来では、彼女は間違いなく死んでいた、そのはずだった。
それが、受け入れられなかった。
未来視を極めた彼にとって、”未来”は彼の思う通りになる”現在”と同義であり、起こるはず、起こったはずのことであったから。

「解らないなら、教えてやるが。未来ってのは一つじゃない」

 なおも、声はかけられ続ける。

「分岐し続けるんだ、お前のその”未来視”。いや、選択眼とでも言うか、そいつはお前に都合のいい未来を引っ張ってくる」
「だけど、そうじゃなかった世界もある。解るか、『多世界解釈』っていうだよ。こういうのを」

自らの観測していた未来では、何もできずにノーラが死ぬのを見ていただけの男は、不敵に笑いながら魔法師を見ていた。

「杖がねえと、魔法が使えないとでも思ったか? 残念、”杖なし”舐めるなよ」

「お、まえ。違う、魔法も使えなくしていた、はずっ」

「ああ、あれな」

 目を細め、愉しそうにガブリエリは哂った。
右手はだらりと垂れ下がり、血が滴っているにもかかわらず。

「お前が視た世界の未来じゃ、そうなってたんだろうな? もっとも、ここの話じゃなかったようだが」
「”投影”させてもらった。」

 ガブリエリにとっての禁忌は『闇魔法』、その定義は非常に広義だが彼の場合は、彼自身が学院から追放された要因だ。
彼は、奥に踏み入りすぎた。

 未来視は、未来を観測してその望まぬ未来を回避し、望む未来を相手に観測させるものだ。
だが、待って欲しい。
望まぬ未来を辿らなかったとしたら、その未来とは何を指すのだろうか。

 ガブリエリが、そう疑問に思った時、彼の生涯の研究課題は決まった。
パラレルワールド』『並行世界』『パラドックス』『可能性』

 もしも、彼自身が異性であったら。もしも、大戦など起こらなかったら。もしも、もしも、もしも。
それらを自由にすることが出来たならば、全ての未来過去現在を観測できれば、世界の真理を掌握したと言えるのではないか。
俊英は、その考えに取り憑かれた。禁書を手に入れるためならどんな悪事にも手を染めた。
どんな取引にも躊躇いもなく応じた、彼にとっての闇魔法。
それは、多世界解釈、平行世界解釈に寄った独自の時空魔法理論。

「お前が、俺が視たのは。ノーラが死んだ世界の、あくまで可能性の話だ」
「残念だが、それは成されなかった未来の話だ」

 未来視は、投影された人物の未来を視る魔法だ。
彼は、成されなかった別の世界の未来を、魔法師に見せた。

 魔法師は、目の前の男から逃げようと後ずさった。
しかし、倒れている猫に足を取られ転倒してしまう。
漆黒の未来視には、複数の人物が見えていた。
姿は、微妙に違う。
しかし、それらは全て同一人物。
足元には、猫が。消えたり、別の人物にぶれる。
現実離れした、有り得ない光景。

「ひ……あああああああああああああ」

「なんだ、もうちょい。この凄さと俺の天才ぶりに驚いてくれてもいいだろうが」

 パニックになり、腰を抜かした魔法師を彼は冷ややかな視線で見つめる。
左腕を前に出し、朗々とした声で詠唱する、普段のそれと明らかに違う、呪文を。

「近しく遠き彼方より来たれ。時空を引き裂き、我が前にその姿を示せ。一つにて二つ、同一にして異なるもの!」
「《並律界雷》」

 蒼い雷が蛇のように、現れる。
魔法師は、それをかろうじて破るが同時に別方向から飛来した銀色の雷によって体を食い破られる。
光が、黒い短剣を通して彼の体を駆け巡り、神経、血肉を食い破り灼き尽くし、炭化し、絶命した。
眼球から黒い混沌が、まるで涙のように煙のように流れだし、伽藍堂になった眼窩でガブリエリを見つめ返す。

 彼は、それを邪魔そうにノーラの体の上から蹴飛ばしながら、短剣を取り上げ無造作に放りあげると、空間圧縮にて、砕いた。

「おい、ノーラ。良い加減起きろ」

 ぶっきらぼうに、なるべく心配している色を滲ませないように声をかけながら治癒をかけた。
今度は、みるみるうちに傷は塞がった。やはり、原因は黒い短剣のようだった。

レヴィアタン

 ゆっくりと瞼が持ち上がり青い瞳が、目の前のプロフェットに像を結ばせる。

「随分と、まあ」

 青い瞳を瞬かせて、じっとガブリエリを見つめる。
じっとそうされて、彼は戸惑った。

「なんだ、どうした。俺の顔になんかついてるか?」

「いえ」

 むくり、と起き上がりガブリエリの無造作に一つに括り、後ろに垂らした髪をむんずとつかんで引っ張る。

「やめろ、引っ張るな。抜ける!」

「ほら」

 目の前に示されたそれを見て、ようやくガブリエリは違和感に気がついた。
白い。
彼の髪は元来は、黒であったが時空魔法の研鑽と研究の中で精神を摩耗させ、部屋に篭もりきりだったおかげか。
30も前半というのにだいぶ普通の人間よりも白いものが混じってしまっていたが、それでも黒の方が多かった。
今は、異常なまでに白くなってしまった。
まるで、最初から黒という色すらついていなかったようだ。

「前髪くらい、目に入りそうなものですけれど、よく気が付きませんでしたわねえ」
「結構、ぼんやりなんですから。そうだから、ミスタ・シガに負けてしまうのですよ?」

「それと、これは関係ないだろ。」

 先程まで倒れていたとは思えないほどの元気で、ころころとノーラは笑う。
ガブリエリの手も借りずに、ゆっくりと立ち上がると、ゆっくりと服についた土埃を払った。

「でも、ありがとうございます。本当に、私のために自分に課していた禁忌も破るだなんて。光栄です」

 ノーラはそう礼を言った。

「別に、大したことじゃない。正直もう少し反動が来るもんだと思ったがそうでもなかったな。あんまりぽんぽん使う気にはならんが」

 すっかり、白くなった髪をかき回そうとする手をノーラがそっと止める。
ガブリエリに後ろを向かせ、髪を軽く手櫛ですき、器用にもう一度括りなおす。

「意外ですわね。あの魔法があれば沢山色んなことができそうですのに」

「莫迦言え、俺はそんな私利私欲のために魔法使ってるんじゃない。知りたいだけだ、それをあの学院のやつら……」

「はいはい、行きますわよ。貴男もその腕治さないといけませんから」

 ぶつくさと文句を言い始めたガブリエリの話を聞き流しながら、ノーラは中程から見事に折れてしまった杖を拾い上げた。
あまり、触らせてもらえなかった物だがよく見てみると蛇が巻き付いた意匠が凝らしたもので使い込んであるのがわかる。
これでも武器工の娘だ。
武器が大事に使われているか、そうでないかくらいはわかるつもりだ。

「これも壊れてしまいましたわね」

 愛おしげに、杖を撫でる。あまりそこまで年月が経った代々のものでも、高価そうなものでもないが、それでも持ち主が大切に使っていることはわかった。

「いいんだよ、寿命だ。寿命」

 ノーラから、杖を取り上げ少し惜しそうにしてからローブにしまいこむ。

「お詫びに今度、私が貴男にぴったりの杖を選んで差し上げましょうか」

「ああ? お前に杖の良し悪しが分かるもんかよ。まあ、選ぶのについてくるくらいはいいけどな」

 負傷していたノーラはともかくとして、ガブリエリの歩く速度はいつもよりも格段に遅かった。
顔色も、あまり良いとは言えない。
馴れない魔法の連続使用で疲れが出ているのだが、彼はそれを口にしない。
だが、ノーラは努めてその横を歩くように、早さを調節して歩く。

「ねえ、レヴィアタン

「ようやく変な枕詞つけるのを辞めたな」

 青白い顔で、しかし明るい声でガブリエリは嬉しそうに言った。
ミスタ、はノーラの故郷では尊称だが彼はそれをつけられることを極度に嫌がるのだ。

「お望みなら、お名前で呼んで差し上げてもいいのですよ」

「じゃあ、次からそうしてくれ。ノーラ」

「そうさせていただきます、ガブリエリ」